時計界にルネサンスをもたらした
名門ユリス・ナルダンの足跡
文:名畑政治 / Text:Masaharu Nabata
編集:戸叶庸之 / Edit:Tsuneyuki Tokano
※掲載商品の情報及び価格は変更される場合がありますのでご了承ください。
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ULYSSE NARDIN(ユリス・ナルダン)は航海に用いる高精度なマリーン クロノメーターで知られる名門。だが機械式時計が復興する1980~90年代以降は、大胆な新素材の導入や斬新な着想を駆使した時計機構の再検討により、時計界のイノベーター(改革者)となった。時計店YOSHIDA(ヨシダ)の店頭でも異彩を放つ名門ウォッチメゾンの歩みを改めて検証しよう。
1846年にひとりの時計職人ユリス・ナルダンによって、フランスと国境を接するスイス・ジュラ地方ル・ロックルに設立された時計工房。それがユリス・ナルダンの始まりであった。
ル・ロックルのナルダン家は、他の時計メーカーの創業者と同様にルーツをフランスに持つ。1774年、ユリスの祖父ジャン・レオナルド・ナルダンが20歳の時、ル・ロックルに居を定め、鍛治屋と武具屋ばかりだったこの村にオーブン作りと給水装置を作る事業を起こしたという。やがて1792年。ジャンに息子フレデリックが誕生。彼は時計職人の道を歩み、これが今日のユリス・ナルダン社の基礎となった。
1823年にはフレデリックの息子ユリスが誕生。彼も父と同じ時計職人の道を選び高名な時計職人のもとで修行を積み、23歳の時に独立して会社を設立。「ユリス・ナルダン」と命名した。
その後、ユリス・ナルダンの複雑機構を備えた懐中時計は内外で高い評価を獲得。その名声を決定したのが、1862年のロンドン万国博覧会。ユリス・ナルダンが出品した懐中クロノメーターがグランプリの栄誉に輝いたのだ。
ユリス・ナルダンの創業者であるユリス・ナルダン(1823~1876)。時計職人であった父のもとでの修行を始め、フレデリック・ウィリアム・デュボアやルイ・ジャンリシャールなどの名時計師にも師事し、1846年、ル・ロックルに時計会社を設立した。
やがて1876年、ユリスの死により会社は息子ポール・デビット・ナルダンに継承。彼は父の遺志を継ぎ、技術をさらに高めるべく高精度なマリーン クロノメーターの研究に専念し、1878年、パリ万国博覧会でポケットウォッチとマリーン クロノメーターの部門で金賞を受賞する。
これによりユリス・ナルダンは時計界に独自の地位を築く。1870年代には世界50以上の海軍および国際海運会社が、貿易や大陸を通過する際の精度と効率性を備えた高精度な計器として、ユリス・ナルダンのマリーン クロノメーターを採用。栄光の道を邁進する。
ユリス・ナルダンが1975年までに獲得した万国博覧会におけるグランプリは合計14回。国際見本市でのゴールド・メダルは10回。その他、多数の特許を含む4300以上の賞を獲得したが、これらのすべてをここで説明することは到底不可能である。
マリーン クロノメーターとは航海に用いる高精度時計。この時計が示すロンドン・グリニッジの基準時刻と海上で計測した太陽の南中を基準とする時刻との時差から、船がいる地点の経度を割り出せる。ユリス・ナルダンのマリーン クロノメーターは軍事・民間双方において精度の基準となり、1870年代以降、50以上の海軍と海運会社に採用された。
19世紀後半に製造されたコンプリケーション(右)とストップウォッチ(左)。コンプリケーションにはミニッツリピーター、クロノグラフ、永久カレンダーとムーンフェイズ・インジケーターを装備。ストップウォッチには“経過時間を視覚的に表示する”という意味の「クロノスコープ」という名称が与えられ、1/1000秒まで計測できる精密さを誇った。
1925年に撮影されたユリス・ナルダンの工房。懐中時計の組み立てや調整を行う工房の壁に、時刻の基準となる大型の振り子時計(レギュレーター・クロック)が設置されている。
ユリス・ナルダンの快進撃は1970年代まで続くが、その後に始まるクォーツ時計の大攻勢によって、経営基盤そのものが揺らぐ事態となった。
この時代、圧倒的な高精度と低価格を実現したクォーツの台頭により多くの時計メーカーが機械式時計から撤退。スイス時計業界は未曾有の混乱に陥った。しかしユリス・ナルダンは消えゆく時計ブランドのリストに名を連ねる運命を寸前で回避することに成功。救世主となったのはロルフ・W・シュナイダーだった。
1983年、ロルフ・W・シュナイダーは消滅寸前のユリス・ナルダンを買収し大胆な改革に着手する。その結果、彼の卓越した経営手腕と、彼が見出した天才時計師にして物理学者のルートヴィヒ・エクスリン博士とのパートナーシップから「アストロラビウム・ガリレオガリレイ」を始めとする驚くべき機能を持つ天文時計のシリーズが誕生。さらに埋もれていた技術を発掘した美しいクロワゾネ・エナメルの文字盤を採用した珠玉のタイムピースにより、ユリス・ナルダンはかつての名声を取り戻したのである。
1983年、実業家ロルフ・W・シュナイダー(1935~2011)は風前の灯火となったユリス・ナルダンを買収。数々の苦難を乗り越えて再建を実行し、かつての名声と栄光を取り戻すことに成功。今も語り継がれる数々の名作・傑作を世に送り出した。
極細の金線を曲げて枠を作り、そこにガラス質の釉薬を塗って高温で焼成するのがクロワゾネ・エナメル(金線七宝)。ユリス・ナルダンとドンツェ・カドラン社は、この忘れ去られていた技法の復活に成功し、“名門”の地位を再び獲得。後にドンツェ・カドラン社はユリス・ナルダン傘下となった。
驚異の天文時計「アストロラビウム・ガリレオガリレイ」が登場したのは1985年。この高度な複雑機構を搭載したモデルは1989年2月にギネスブックにも掲載され、その革新性が高く評価された。
そして1988年に「プラネタリウム・コペルニクス」を発表。1992年には天文時計三部作の最後の作品である「テリリウム・ヨハネスケプラー」が完成した。
1980~90年代初頭にル・ロックルのユリス・ナルダン本社に工房・研究室を構えていたエクスリン博士の頭脳から生み出された天文時計三部作。左から「アストロラビウム・ガリレオガリレイ」(1985年)、「プラネタリウム・コペルニクス」(1988年)、「テリリウム・ヨハネスケプラー」(1992年)。巨大な装置だった天文時計を一挙に腕時計にまで凝縮した。
物理学と古時計の研究を続けながら時計師としての修行も行った異能の天才ルートヴィヒ・エクスリン博士(右)とシュナイダー社長。彼らのパートナーシップから数々の名作が生まれ、ユリス・ナルダンの復活を促すと同時に時計の歴史における大改革を実現した。
こうして時計界での名声を取り戻し、さらに新たな境地へ邁進するユリス・ナルダンは1996年、バーゼルフェアにブランド躍進の鍵となった船を模した大がかりなブースを構築。同時にライン河に帆船を曳航し、創業150周年記念パーティを挙行した。また、フェアではブランドの歴史を正しく継承すべく、かつてのマリーン クロノメーターの文字盤デザインを採用した新作「マリーン クロノメーター1846」を発表。これは現在も続く人気コレクションに発展した。
また同時にルートヴィヒ・エクスリン博士の名を冠した革命的な永久カレンダー「パーペチュアル ルートヴィヒ」も発表。これは従来の気難しさはなく、任意の時間に時刻やカレンダーの修正ができ、後に戻すことも可能という画期的なモデルであり、これがその後の時計界の“フェイルセーフ化”(誤操作が発生しても故障を未然に防ぐ設計思想)を促進したことは間違いない。
その後もユリス・ナルダンは画期的な製品を次々に発表。1999年には第二時間帯表示と永久カレンダーを融合した「GMT±パーペチュアル」が登場。2001年に発表された「フリーク」にはリューズや針がなく、ムーブメント自体が旋回して時刻を表示。これまで時計には使われなかったシリシウム(シリコン)を脱進機・調速機に採用し、革新的な“デュアル・ダイレクト脱進機”で、200年以上も変わることのなかった時計の心臓部に大変革をもたらした。
これによってユリス・ナルダンは時計界におけるシリコン素材のパイオニアとなると共に、不可侵領域であった脱進機にメスを入れても良いという機運を呼び起こした。
さらに2003年にはメロディ演奏機能を備える「ソナタ」を発表し、2005年には「フリーク」の発展モデル「フリーク 28,800 V/h ダイヤモンドハート」が登場。このモデルでは特許取得済のデュアルユリス脱進機がダイヤモンド製に進化した。
2006年には初の自社製自動巻きキャリバー「UN-160」が誕生。2007年にはダイヤモンドとシリコンという最先端素材を組み合わせた「Freak DIAMonSIL®」が実現した。
ルートヴィヒ・エクスリン博士は1952年生まれのスイス人。大学で学ぶかたわら、ルツェルンの時計師ヨルク・シュペーリングの工房で時計師としての見習い期間を過ごし、天文機能を備える古時計の修復と研究に没頭。そこでユリス・ナルダンの社主となったロルフ・W・シュナイダーと知り合い、その後の天文時計開発や「フリーク」などの開発へと繋がっていく。
だが残念なことに2011年、これらいくつもの大改革を成し遂げた時計界のキーマンにしてユリス・ナルダンのオーナー社長であるロルフ・W・シュナイダーが他界する。
とはいえユリス・ナルダンはその歩みを止めることはなかった。シュナイダーの死から1年後の2012年には新しい自社製キャリバー「UN-118」が完成。ユリス・ナルダンとのパートナーシップにより美しいクロワゾネ文字盤を作ってきたドンツェ・カドラン社と新しいクロノグラフムーブメント製造所を傘下に収め、2013年にはレディース用小型ムーブメントやメロディ演奏機能付きムーブメント、スケルトン仕様のトゥールビヨン・ムーブメントなど、同時に5つもの自社製キャリバーを発表する。
2014年、ユリス・ナルダンはフランス・パリを拠点にファッションと宝飾の多くのラグジュアリー・ブランドを保有する 「ケリング」の傘下となった。だが、その後も12か月で6つの自社製キャリバーを開発するなど、スイスの名門ウォッチ・マニュファクチュールとしての本道を進み続けている。
ル・ロックルのジャルダン通り3番地にあるユリス・ナルダン本社。かつての本社工場をベースとしながらも、90年代以降に大胆な改装と増築が行われ、近代的なマニュファクチュールへと生まれ変わった。
1846年の創業以来、いくつもの紆余曲折を経つつ、決して歩みを止めることなく時計製造の本道を歩み続けるユリス・ナルダン。その時計界におけるポジションは、まさに“名門”と呼ぶにふさわしい。YOSHIDAが注目するこちらの5本は紛れもなくそのDNAを受け継いでいる。
マリーン クロノメーター
1986年の創業150周年を記念し、かつてのマリーンクロノメーターのデザインを導入して生まれた人気コレクションの最新作。12時位置にパワーリザーブ・インジケーター、6時位置にスモールセコンドと日付表示を備え、リューズガードに守られた大型リューズには滑りを防止し誤操作を防ぐためラバーが巻かれている。ケースはステンレススチール。
■1183-122-7M/40 ■45mm ■ステンレススチールケース&ブレスレット ■自動巻き ■200m防水
フリーク X
脱進機構造を再検討し、シリシウムという新素材を大胆に導入して時計界に激震をもたらした「フリーク」(2001年)から18年。そのメカニズムを発展させつつ使いやすさを求めた新作「フリーク X」が登場。ムーブメント自体が回転し時刻を示すのは同様だがベゼルではなくリューズで時刻調整が可能。ムーブメントは新開発の「UN-230」を搭載する。
■2303-270/03 ■43mm ■チタンケース ■アリゲーターストラップ ■自動巻き ■50m防水 ■¥4,345,000(税込)
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ダイバー クロノメーター 44mm
伝統のマリーンクロノメーターの意匠を取り入れつつ、ダイバーズ・ウォッチとしてのタフさや使いやすさを追求。ケースは軽量なチタンを採用。彫りの深いベゼルとダイアルは海をイメージさせるブルーに彩られている。自社製キャリバー「UN-118」は60時間のパワーリザーブを備え、その巻き上げ残量は12時位置のインジケーターで確認できる。
■1183-170-3/93 ■44mm ■チタンケース ■ラバーストラップ ■自動巻き ■300m防水 ■¥1,617,000(税込)
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ダイバー 42mm
腕時計はたとえ同じケースデザインであっても、カラーリングやブレスレットなどの違いひとつで印象が大きく変わる。「ダイバー 42mm」の特徴である、エイジング加工が施されたブラックの文字盤やミラネーゼ・メッシュブレスレットは、レトロな雰囲気が楽しめる注目すべきポイントだ。
■8163-175-7MIL/92 ■42mm ■ステンレススチールケース&ブレスレット ■自動巻き ■300m防水 ■¥1,320,000(税込)
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スケルトン トゥールビヨン
徹底的なオープンワークが施された自社製手巻きキャリバー「UN-171」を搭載するモダンなスケルトン。6時位置にはフライングトゥールビヨンがあり、60秒で一回転する。ベゼルやブリッジの一部がブルーに彩られ、アバンギャルドなローマ数字インデックスが時刻の指標となって時を示す。7日間ものパワーリザーブを持ち、実用度も高い。
■1713-139/43 ■45mm ■セラミック×チタンケース ■カーボン調レザーストラップ ■手巻き ■30m防水
YOSHIDA 東京本店
東京都渋谷区幡ヶ谷2-13-5
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営業時間:10:30~19:30
年中無休(年末年始を除く)
名古屋 YOSHIDA
愛知県名古屋市中区栄3丁目17番17号
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営業時間:10:30~19:30
年中無休(年末年始を除く)
ロングランの人気連載コラム。グレッシブが擁するベテランから気鋭のライターが、YOSHIDAが取り扱うタイムピースおよびブランドをご紹介します。時計の基本的な情報はもちろん、この連載ならではの様々な切り口で注目ブランドの魅力を解説します。パテック フィリップ、オーデマ ピゲ、ウブロなどの人気ブランドから新進気鋭まで名店YOSHIDAならではの審美眼について特集を展開します。
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